
はじめに
近年、FinTech(フィンテック)とよばれる、金融サービスと情報技術を結びつけたさまざまな革新的なサービスが新しく生み出されています。
身近な例では、スマートフォンなどを使った送金もその一つです。
これらフィンテックの背景となる代表的な技術として、人工知能(AI)やビッグデータ分析の他に「ブロックチェーン」があります。
実はこの「ブロックチェーン」が仮想通貨と密接な関係にあり、仮想通貨を支えるコア技術と言われています。
「ブロックチェーン」とは一体どのような技術で、どのような分野で活用されているのでしょうか。
以下はブロックチェーンの基本知識や実社会への応用事例についてご紹介します。
ブロックチェーンとは
ブロックチェーンにおいては、ネットワーク内で発生した取引の記録を「ブロック」と呼ばれる記録の塊に格納しています。
それぞれのブロックには、取引の記録に加えて、1つ前に生成されたブロックの内容を示すハッシュ値と呼ばれる情報等を格納しています。
生成されたブロックが時系列に沿って繋がっているデータ構造になっていることから「ブロックチェーン」と呼ばれる所以です。
ただ、安全性はどうなのか?
気になるところですね。
もし仮に、過去に生成されたブロック内の情報を改ざんしようとした場合、変更したブロックから算出されるハッシュ値は以前と異なる値となることから、後続するすべてのブロックのハッシュ値も変更しなければなりません。
膨大な作業量と計算処理費用となり、そうした変更は事実上困難となります。
このように、ブロックチェーンは改ざん耐性に優れたデータ構造を有しているのが大きな特徴です。
※『ハッシュ値』とは:
ハッシュ値とはアルゴリズム(ハッシュ計算)により算出された一定量の情報をコンパクトに纏めたデータのことで、仮に情報が少しでも変更された場合、ハッシュ値は全く異なるものになります。
また、ブロックチェーンのその他の特徴として、『分散型台帳技術(DLT:Distributed Ledger Technology)』と呼ばれるものがあります。
この分散型台帳技術の特徴は、「分散型である=中央集権でない(非中央集権)台帳技術(Ledger Technology)」であることです。
前述の通り、ブロックチェーンのネットワーク内においては、生成されたブロックが時系列に沿ってつながっていくデータ構造を有しています。
そして、これらのデータは単一の企業、組織や個人が保有しているわけではなく、ネットワークに参加している全てのユーザーが同一の「台帳」を共有し、公開されることで情報の信ぴょう性を確保しています。
このことをもう少しわかりやすく説明すると、
例えば全ての情報を1ヵ所に集めておく中央集権型で情報を管理した場合、火災等が発生すると、全ての情報が灰になってしまいます。
また、外部の誰かが物理的に侵入し、台帳に書き込まれた情報を改ざんした場合、それを確認するすべがありません。
しかし、分散型台帳で管理する場合、1ヵ所のデータが損傷・消失しても、別の場所に同じデータが残っていることになります。
たとえ改ざんされたとしても、ほかの場所に残っている情報と突き合わせれば、その違いをすぐに発見できます。
これが分散型台帳技術であり、つまりブロックチェーンは、誰が、いつ、どのような情報を台帳に書き込んだのかを明確にして共有し、偽造できないような形で保存・管理するしくみになります。(氏名や住所などの個人情報が公開されるわけではなく、数値・記号などで表記されます。)
ブロックチェーンは仮想通貨の基幹技術として発明された概念です。
そのため、ブロックチェーンを仮想通貨と同じものとして認識されることがありますが、ブロックチェーンはあくまで分散型台帳を実現する技術であり、それをビットコイン等の仮想通貨が使用しているに過ぎません。
インターネットなどオープンなネットワーク上で、高い信頼性が求められる金融取引や重要データのやりとりなどを可能にする分散型台帳技術。
その中心となるのがブロックチェーンです。
ブロックチェーンの利点と課題
ブロックチェーンの仕組みについて分かってきたところで、その利点や課題について見ていきたいと思います。
ブロックチェーンの利点として多くあげられていることとして、以下の様な点があります。
1. 情報の改ざんがなされにくい
2. 運用コストが安い
それぞれについて見ていきましょう。
1. 情報の改ざんがなされにくい
ブロックチェーンは、上記で述べた仕組みを有しているため、外部からの改ざんが非常に困難になっています。
そのため、ブロックチェーン上に記録された内容の信用性が高くなり、利用者がその情報を信頼して取引などを行うことができます。
また、仮に情報を改ざんされたとしても、それを素早く見つけることが可能であるため、見つけ次第改ざんを修正することが可能になります。
2. 運用コストが安い
従来であれば、データは中央集権的に管理されていたため、データを管理する場合には大規模なサーバー構築が必要となり、その運用管理のコストは非常に高くなります。
しかしながら、ブロックチェーンは非中央集権的な管理を実現しており、ネットワークに参加している全てのユーザーが同一のデータを共有・管理を行うことにより、中央集権的な方法に比べ、より安価な運用管理が可能となっています。
上記の様な利点がある一方で、ブロックチェーンはその改ざんの難しさから、一度記録された情報を削除したり内容を変更したりすることができません。
そのため、必要に応じて変更や削除が求められる様な情報の記録には利用できないといわれており、その代表的な例として個人情報が挙げられています。
個人情報は個人からの要求に応じて削除する必要がありますが、ブロックチェーン上に一度記録されてしまうと、この要求に応えることはできなくなってしまいます。
個人情報に関連する用途でブロックチェーンを活用する場合においては、個人情報と紐づけるための情報のみをブロックチェーン上に記録し、個人情報自体は別のデータベースに保管するといった対応が必要となります。
(後述となりますが、マイクロソフトは、上記の様な課題をクリアした上で、個人情報を登録するためのソリューションを提供しています。)
また、ブロックチェーンは1つの組織内で利用することには適さないといわれます。
単一組織内ではブロックチェーンを構成するすべてのコンピューター(ノード)が集中管理下にあるため、改ざんされないというメリットが保証されないためです。
さらに、ブロックチェーンには、データ量が増え続けることや、その中央集権制や改ざんの難しさから合意形成に時間がかかるため、高速処理が苦手といったデメリットもあるといわれています。
様々な分野におけるブロックチェーンの活用例
ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトがその仕組みを公開してから10年程度の比較的新しい技術です。
その実用例はまだまだ少なく、最も多く知られている実用例が仮想通貨であるといえます。
2017年以降、相場の高騰に伴い仮想通貨に大きな注目が集まり、2018年には仮想通貨を利用して資金調達を行うプロジェクト(新規公開通貨: ICO)が多数現れました。現在は仮想通貨以外にも、「改ざんの難しさ」「データ変更者が明確になる」というブロックチェーンの特性を利用して、以下の様な分野においてブロックチェーンの活用が検討されています。
1. サプライチェーンマネジメント
2. 身分証明・著作権管理
1. サプライチェーンマネジメント
ブロックチェーンの特性を利用して、食品や製造業など、サプライチェーン(生産者から消費者に至るまでの全プロセスのつながり)におけるトレーサビリティの信頼性を高めるための取り組みが検討されています。
ブロックチェーンを活用することで、畜産農家から解体業者、加工業者といった各々の工程において、「誰が育てたか」「誰がいつ解体したか」「誰がいつ加工したか」といったデータを改ざんできないかたちで記録するとともに、消費者は小売店に並ぶまでの流通経路を容易に追跡できるといわれています。
例えば、世界最大のスーパーマーケットチェーンであるウォルマートは、2018年3月「スマート・パッケージ」と呼ばれるブロックチェーンを利用した配送システムの特許を出願していたことが明らかになりました。
ウォルマートは特許出願書の中で、オンラインショッピングにおいて小売業者が抱える「セキュリティ」の問題について述べています。
例えば、腐りやすい食品を発送する際に、小売店から配送業者を介して顧客の手に渡るまで、配送中の商品が置かれている詳細な情報を正しく記録することができれば、責任の所在が明らかになり、サービスの向上にもつながるとしています。
「スマート・パッケージ」は、将来的に実現されるであろうドローンや自動運転車など、人を介さない配送にも利用される計画になると、特許出願書の中で記載されています。
また、世界最大規模の会計事務所であるKPMGは、ブロックチェーンを使って高級ワインの生産履歴追跡を記録する「KPMG ORIGINS」の実証実験(Proof of Concept)を行っています。
「KPMG ORIGINS」は、ワイン生産者のニーズに合わせて、消費者が簡単に生産履歴情報を取得したり、購入者の満足度を増す趣向が組み込まれた体験型システムです。
たとえば、ワインボトルをスキャンするだけで、瞬時に生産履歴にアクセスできます。
履歴には、生産者のブドウの品質保証や、生産過程のサステナビリティ基準に達しているといった情報はもちろんのこと、いつブドウが収穫されたか、熟成期間はどれだけあったか、輸送中の気温は何度であったかなど、さまざまな履歴データにアクセスすることができます
2. 身分証明・著作権管理
ブロックチェーンの改ざんの難しさは、身分証明や著作権管理などの分野でも活用され始めています。
例えば、ソニーは、ブロックチェーンを活用したコンテンツ管理の高度化に向けた取り組みを始めています。
ソニーは、2018年10月、ソニー株式会社、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント、株式会社ソニー・グローバルエデュケーションの連名で、ブロックチェーン技術を応用したデジタルコンテンツの情報処理システムを開発したことを発表しました。
ソニーは、情報の破壊や改ざんができないブロックチェーンベースの著作権管理システムを作り出すことで、
①電子データの作成時期の証明
②改ざんできない事実情報の登録
③過去に登録済みの著作物との照合・判別
④データの生成日および生成者を参加者間で共有・証明すること
の4つを実現するとしています。また、著作物の権利発生を自動的に証明することも可能であるとしています。
今や誰もがデジタルコンテンツを制作し、発信できる時代になりましたが、権利情報の管理はこれまで同様、業界団体または作者自身が行っている現状です。
そこで、膨大な量のコンテンツを効率的に管理する手法の確立を目指しています。
また、マイクロソフトは、ブロックチェーン技術を用いて、ID(身分証明、個人認証)分野におけるソリューション開発を目指しています。
マイクロソフトが支援するのは、「ID2020」と呼ばれる人権保護プロジェクトです。
国連、NGO、政府、民間企業が協力してIDを持たない人々にデジタルIDを提供し、人権を保護することを目的としています。
出生登録もされておらず身分を証明する書類を持たない難民に対し、政府がIDを発行するのは非常に困難です。
そこで、ID2020では、特定の政府のシステムに依拠することなく、独自のエコシステムを作り上げることで、人権が保護されていない人々にも身分証明を与えています。
マイクロソフトはこのID2020のために、アクセンチュアと共同でブロックチェーンベースのデジタルIDシステムを構築しています。
2017年7月には、マイクロソフトのクラウドプラットフォーム「Azure」上で利用できるデジタルID が公開されました。
ブロックチェーンが「分散型台帳技術」と呼ばれるその名の通り、「政府ではない」身分証明の拠り所を提供しています。
個人認証にブロックチェーンを利用することは、なりすましや改ざんから個人を保護できる上、二重申請を防ぐことにもつながります。
すでに2017年時点で130万人以上の難民が身分登録を完了しており、医療サービスを受ける際などに利用されています。
なお、「Azure」上の情報は第三者に渡ることはなく、IDの保有者本人が使用する範囲を決定でき、ブロックチェーン上で運用することで、どんな類の不正アクセスであってもすべてが記録されることになります。